「さむっ!」
忍足はマフラーに口まで顔を突っ込みながら嘆いた。
暖かい暖房の効いた校舎から出れば、冷たい風に身を切られるようだ。
「うるせぇ。冬何だから当たり前だろ」
トロリとした闇の中、昇降口近くのぼんやりとした明かりに照らされる端正な横顔を眺めながら、跡部は毒づく。
12月も半ばに差し掛かる今、何を今更。
「せやかて寒いんやもん。跡部は寒くないん?」
ハァ、と白く息を吐き出す。
長く残る綿菓子状のそれが、今夜は一段と冷えている事を示していた。
「寒いに決まってる。けど口にしたって何にも変わンねぇだろ」
更に寒さが倍増しそうだしな。それに雪が降っていないだけ、まだマシだろうが。
そう言いながら、慣れた足取りで跡部は早足に夜道を歩く。
「ゆうた方がなんぼかマシになると思うで」
ゆぅてみぃ。
まるで子どもに諭す親のような口調で、言う忍足。
長めの髪でも逃れ切れない冷たい風に曝された頬が、紅くなり、痛いと主張している。
口調とは反対に、その様子は子どもみたいだ。
跡部だって最初は言っていたのだ。
一人で帰っている時でさえも、思わず口をつくほど凍えていた。
聞いているのが物言わぬ闇や、雪だけだとしても。
けれど、何も返ってこない思いを零すのは、いつの間にか止めてしまった。
自分でも気付かない内に。
きっと一人暮らしが長くなると、「ただいま」を言わなくなるのと同じ原理だろうと思う。
「跡部、」
促す声。
今まで跡部と闇と雪の空間だった場所に、異質なモノが入っている。
足元を冬の風が駆けていく。
塀を越えて、頭上まで枝を延ばす木も寒さに悲鳴をあげていた。
マフラーに顔を埋める。
「…寒ィ」
消え入りそうな、声で。零す。
しかし対象を持った跡部の声は、本人が戸惑う程確かに響いた。
「ほんまやね」
そして返ってくる余りにもありきたりの言葉に、何だか笑いを堪え切れなかった。
ばーか、と、意味もなく忍足を詰った。
【了】
----+
ほとんどの教室が闇に溶ける中、一つだけ煌々と明るく照っている箇所があった。
その教室--生徒会室の窓からは、右に左にと、影が世話しなく動いているのが見えた。
生徒が残っているのだ。
物音一つしないその教室では、男子生徒が机上に積まれた大量の書類に眼を通し、判を押したり、記載ミスがないかをチェックしたりしていた。
生徒は、一人だった。
「ふぅ、」
パソコンにバックアップの総てを終えた後、生徒はかけていたメタルフレームの眼鏡を外し、目頭を擦った。
毎日の事とは言え、流石に冬は特に疲れが蓄積する。
彼はそのままもう一度バックアップデータをチェックし、電源を落とした。
微かな音を起てて、真っ暗な画面を曝した。
それを確認してから立ち上がり、帰宅の準備を始める。
筆記用具を鞄に詰め、ボストンバックに、黒革のラケットバックを肩にかける。
コートを羽織り、マフラーを首に巻き付けた。
電気を消して、光の抑えられた廊下に出る。暖房が弱まっていて少し寒い。
生徒はこだまする自身の足音を聞きながら、真っ直ぐに昇降口へと向かった。
寒い。
生徒会室から離れれば離れるほど、空気の冷たさは増した。
何時もの事なのに、何故か今日は足取りが早めになっていた。
寒い。寒い。
けれど決して口にはせず、生徒はただただ早足で闇の中を駆けていた。
はぁ、はぁ。
妙に喉が渇いて、後から闇が迫って来るような気がした。
-…ガタ。
自分の靴箱棚の前に着くと、物音とともに名を呼ばれた。
「跡部」
名を呼んだ彼でしか有り得ないというように、その声はハッキリと名前を呼んだ。
あぁ、なんだ。
生徒はその姿に妙に安心してしまって、余り見せない綺麗な笑顔を見せた。
title:冬のある日
【跡部+会長+=孤独
+忍足=???】
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