逃げようか、この世界から
逃げようか、この囲いから
逃げてしまおうか、生から
----------+
「跡部」
甘い蜂蜜色の髪をすくと、跡部は擽ったそうに身をよじった。
「んだよ、忍足」
未だに呼んでくれない下の名は、恥ずかしさの表れだと知っていてますます嬉しい。
忍足は甘さを含む声に包まれるように身を擦り寄せる。
するりと、白い腕の中に頭を潜り込ませた。
「何?」
後頭部に回した腕を頭に絡ませながら、跡部は甘く疑問を零す。
ハァ、と篭った吐息を吐いて、忍足が縋り付くように身体を寄せてくる。
「逃げられたら、ええのに」
自分達を囲んでいるこの世界から。
「……無理だろ」
大企業の社長である父を持つ跡部。
大病院の院長である父を持つ忍足。
二人は跡を継ぐ為の道を歩かされて来た。
強大な父の力には、逆らう術など皆無だった。
「けど、俺も逃げたい」
叶わないから願いを零す。
出来ないから願いを口にする。
白いベットの上、こんな風に戯れられるのも今のうちだろう。
言われる間々大学へ進み、そして婚約者と結婚、跡を継ぐ準備。
逆らえない。どんなに叫んでも、自分たちは所詮無力な子どもだから。
「跡部」
背中に腕を回し、抱きしめる。
柑橘系の乾いたような香りが、鼻孔を掠めた。
今日は最後の休日で、また明日からはレールの上。
それでも、それでも。
「命だって惜しくないのに」
君が好きだから、君といたいと思うから。君が笑ってくれるから。
またレールの上、踏み締めて歩くよ。
君といるために。
「HAPPY BIRTHDAY DEAR KEIGO」
僕等はまた一つ、別れへの一歩を踏み出した。
PR